「ハッ!!」
瞳に白い天井が映る。
「…ここは……ネルフ……、……私……使徒に……。」
よみがえる記憶。
EVA参号機を滅茶苦茶に殴る初号機。
河となって流れる参号機の血液。
「……碇…君…、…鈴原…君…、…ゴメン…なさい…。」
「……私……、何も……できなかった…。」
頬をつたう涙。
「……ゴメン…なさい……、い…か……り………く…………ん……。」
シーツを頭までかぶり、泣き崩れる蒼髪の少女。
彼女を慰める者は一人としていない。
The Secret 〜Episode 18.5〜
Written by Safety
〈参号機起動実験の2日前〉
放課後。
『キュッ、キュッ。』『…カリカリカリ…。』
『キュッ、キュッ。』『…カリカリカリ…。』
二つの音が静寂の中に響く。
黒髪の少年と蒼髪の少女は日直の仕事を熱心にしていた。
「ねえ、綾波?」
黒板の溝を雑巾で拭きながら呼びかける少年。
「…なに、碇君…。」
日誌を書いている少女は手を休め、顔を上げる。
「…そっちの仕事、終わった?」
「…もう少しで…書き終わると思う…。…碇君は?」
「うん…僕ももうちょっとで終わるよ…。」
「……そう。」
そしてそれぞれの仕事を再開する2人。
『キュッ、キュッ。』『…カリカリカリ…。』
・
・
「…シンジ。」
その声に顔を上げるシンジとレイ。
見ると、トウジが教室の入り口に立っている。
「トウジじゃないか。どうしたの?」
「ちょっと、シンジに伝えたいことがあってな…。」
「そ、そうなの。なにかな。」
シンジの問いかけに少し表情を曇らせるトウジ。
「…ちょいと屋上に来てくれるか?」
「…う、うん。いいけど…。」
「じゃ、付いてきとくれ。」
そう言うとトウジは教室を出ていった。
シンジも後をついていこうとする。
「碇君。」
シンジが振り返ると、シンジのシャツの裾をつかむレイの姿があった。
レイの瞳はシンジに何かを訴えているように見えた。
「どうしたの、綾波。」
「…………行ってはダメ。」
静かな、しかしハッキリした口調にシンジはレイの決意を感じた。
「なぜ?」
「……………。」
シンジの疑問にレイは俯くだけで応えようとしない。
「理由が…ないの?」
「………………そんな気が…する…だけ……。」
「…そう。でもトウジが待ってくれてるから、行かないわけにいかないよ。」
「…でも。」
「トウジと僕は親友なんだし、なにも心配することないよ。じゃ、行って来るから。
綾波、先帰っててよ。」
そう言うとシンジは走って教室を出ていった。
後にポツンと残るレイ。
(…鈴原君、あのこと…碇君に話すつもりなのね。)
《屋上》
「…ハア、ハア…、どこだろ、トウジ。」
全速力で階段を上がってきたため息が切れているシンジ。
シンジは屋上の端に夕日を眺めているトウジを見つけた。
「トウジ。」
シンジは近づきながら声をかける。
「…………………シンジか。」
振り返らずに応えるトウジ。
シンジはトウジが何か悩みを抱えていると感じた。
「…きれいな夕日だね、トウジ。」
シンジはトウジの隣に立ち、組んだ両腕を手すりにのせた。
「……ああ…、…きれいやな…。」
シンジは夕日を見つめるトウジの瞳が潤んでいることに気づいた。
そのまま数分間無言のままの2人。
しかし、その状態に堪えられなくなったのか、シンジが沈黙を破った。
「…どうしたの、トウジ。」
「………………。」
トウジは夕日を見つめるだけで応えようとしない。
シンジは物言わぬトウジに苛立ちを覚え始めていた。
「…なんとか言ってよ、トウジ。」
シンジの言葉にトウジはゆっくりと振り向いた。
そして、じっとシンジの瞳を見つめる
(…トウジ…、…どうして…そんな悲しそうな顔をするの?)
悲しみに沈んだトウジの瞳に不安になるシンジ。
「…スマン…、…シンジ。」
頭を深々と下げるトウジ。
シンジはトウジの突然の行動の意味が理解できない。
「…ど、どうしたの、トウジ。何か悪いことでもした?」
顔を上げるトウジ。
「…これから…するんや…。」
「えっ。」
スーっと深呼吸をするトウジ。
「…ワシは…シンジ、お前を…傷つけてしまうかもしれん。」
「……………。」
じっとトウジの言葉に集中するシンジ。
言葉を続けるトウジ。
「…ワシは……エヴァ3、」
「ダメ!!!」
トウジの言葉を遮る大きな声。
2人が振り向く。
そこには両拳をギュッと握りしめ、俯いているレイの姿があった。
「いつからいたんや、綾波。」
トウジの声は、なぜか穏やかで優しい響きを湛えていた。
「………………。」
トウジの問いにレイは応えようとしない。
「…まあ、ええわ。スマンかったな綾波。ワシはもう何も言わへん。心配せんとき。」
シンジに向き直るトウジ。
「見てのとおりや、シンジ。」
「見てのとおりって……。」
シンジにはレイとトウジの会話が理解できなかった。なにより、なぜレイが
ここに居るのかが分からなかった。
「とにかく問題は先送りや。シンジは綾波と仲良うやっとくれ。いつかシンジに
話せる日もくると思うしな。」
「…話せる…日?」
何が何だか分からないシンジ。
「…あんま気にすんな、そんな大したことあらへんのや。のう、綾波。」
「……………そう……かも…しれない。」
何とか口裏を合わせるレイ。
そのまま会話の途切れる3人。
それぞれがそれぞれの心に複雑な想いを秘めて。
・
・
・
「じゃあワシは帰るで。」
シンジも慌てて言葉を続ける。
「…そ、そう、じゃ僕も帰るよ。…綾波も帰ろう。」
レイを見るシンジ。しかし…。
「……………私…もう少し…ここにいる。」
いつもとどこか違うレイにシンジは戸惑う。
「……そう…、…じゃ、先に帰るね…。行こう、トウジ。」
「…ああ。」
2人はレイを残し、屋上を後にした。
下駄箱で靴を履き代える2人。
(……綾波…、…どうしたんだろう…。)
(…なんか変だよ、綾波も…トウジも…。)
「シンジ。」
突然の声に我に返るシンジ。
「何しとんねん。帰るで。」
「…う、うん。」
シンジの表情から即座にシンジの気持ちを汲み取るトウジ。
「…綾波のこと…心配か?」
図星を指されシンジは顔が真っ赤になる。
「ち、違うよ、そんなんじゃないよ。……ただ……。」
「…ただ…なんや?」
「……今日の綾波、それにトウジも、いつもと違う感じがして……。」
俯くシンジ。
「…スマンな、心配かけて。でもワシは大丈夫や、男やさかい。」
「…でも…。」
「ぐだぐだぬかすな。それより綾波が心配なんやろ。さっさと様子見てきたら
どうなんや。」
「…でも…。」
「デモもストライキもないんや。綾波は女やぞ。お前が守らんで、誰が守るんや。」
『守る』というトウジの言葉がシンジの心を貫いた。
(…そうだ。僕は綾波を守ると、決して一人にはしないと誓ったんだ。)
拳に力をいれ、顔を上げるシンジ。
「トウジ、ゴメン。屋上に行って来るよ。先帰ってて。」
「おう。がんばれやシンジ。」
「じゃあね、トウジ。」
シンジは上履きに履き代えると階段を駆け上がっていった。
後に一人残るトウジ。
(結局、シンジに伝えんかったな。…親友に隠し事しとるとは……、ホンマむかつく
男やで。)
『ガツン!』
拳をコンクリートの壁に打ちつける。
その拳を見つめるトウジ。
(…なんで…痛くないんやろな…?)
(…ハア、ハア、綾波、いるかな。)
屋上の入り口まで来たシンジ。
ドアの隙間から、両膝を抱え体育座りをしているレイの姿が見えた。
(…綾波…。)
『キイー』
入り口のドアを開けるシンジ。
振り返るレイ。
「……碇…君…。」
一瞬見つめ合う2人。
シンジは無言のまま近づき、レイの隣に腰を下ろした。
そのまま夕日を見つめるシンジ。
「…綾波。」
前を向いたまま口を開くシンジ。
「…なに…碇君。」
シンジの横顔を見つめるレイ。
「……綾波は…何が心配なの?」
シンジも振り向きレイの紅い瞳を見つめる。
「…………………………………碇君が……傷つく…こと。」
「…僕が?」
コクンと頷くレイ。
「…そう。……だから僕に…隠し事…してるんだね。」
「………ええ…。」
・
・
「…綾波は…僕を守るって言ってくれたよね。」
「…ええ。」
レイの組んだ両手にそっと左手をのせるシンジ。
「でも、僕も綾波を守るって約束したんだよ。」
左手に力をこめるシンジ。
「…僕も、綾波の苦しむ姿は見たくないんだ。」
レイの瞳に溢れんばかりの涙が浮かぶ。
「………ありがとう、碇君。…でも、私…大丈夫…だから。」
「…ほんとに?」
笑顔を作ろうとするレイ。しかし、その努力とは裏腹に涙が頬をつたう。
(…綾…波。)
シンジはポケットからハンカチを取り出すと、優しくレイの頬を拭った。
頬を桜色に染めるレイ。
シンジの顔にも自然と笑みが浮かんだ。
「…帰ろうか。」
シンジは立ち上がり、レイに手を差しのべる。
その手を優しく掴み、静かに立ち上がるレイ。
「……碇君…。」
何か言いたげな紅い瞳。
「…今は…言わなくていいよ…。…でもいつか…教えてね…。」
「……ええ。」
そっとシンジに寄り添うレイ。
その瞳に映る真っ赤な夕日。
それは少女の幸せで、儚い、夢のような最後の想い出。
《完》
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