ある日の夕暮れ。
ジオ・フロントから第3新東京市へリニアレールが走っていた。
……ゴトン…、ゴトン…、ゴトン…、ゴトン……
規則正しくリニアの走る音がする。
リニアには、2人の人物が乗っていた。
進行方向向かって右側の長椅子に座る2人。
その内の1人、空色の髪をもつ少女は椅子の左端に、もう一人の黒髪の少年は少女から
人1人分座れるスペースを空けて座っていた。
2人はジオ・フロントを出発して以来15分間、一言も言葉を交わしていない。
それどころか2人とも身動きすらほとんどしていなかった。
しかし、黒髪の少年はリニアが動き出してからずっと、少女に話しかけようと懸命の努力
を続けていたのである。
(綾波に聞かないと……
……でも、こんなこと聞いて綾波に怒られないかな……
……でも聞いとかないとダメだし……
……いくら自分で考えても分からないしな……
…………………………………………………………………よし、思い切って聞いて…みよう)
「……あのさ……綾波」
「何…、碇君」
「ええと……その…、……あの……、……綾波ってキスしたことある?」
The Scene in Linear -Episode 15.5-
Written by Safety
(キス…
口づけのこと…
好意をもつ者同士が行う行為…
…………私には……関係のない……こと…)
「ないわ」
正面を向いたまま簡潔に答えるレイ。
「そう…なの…」
シンジは少し気落ちしたようにつぶやいた。
「…なぜ、そんなこと聞くの」
初めてシンジの方を向くレイ。
レイと目があってしまい、とっさに正面に向き直るシンジ。
そして次の言葉をゆっくりとつむぎだす。
「うん………、実は昨日…………、アスカと………、その………、キス……したんだ…」
顔を赤くしてつぶやくシンジ。その瞬間、レイの肩がピクンと震えた。
「それで……、……キスした後なんだけど…、…アスカの態度が妙によそよそしいんだ。
それで、もし綾波がキスしたことがあるんだったら、綾波もアスカと同じ女の子だし
……、アスカの気持ちが分かるかと思って……って綾波、どうしたの?」
その時レイは、目を大きく開いたまま、正面を向いて固まっていた。
(碇君が……二号機パイロットとキスした……
…………何……
…この気持ち…
…なぜ…
こんなに胸が痛むの……
…………………どうして碇君はあの人とキスをするの?………
碇君は……あの人が……好きなの?
………どうして碇君はあの人とキス…………………………)
「……………………………、綾波、綾波、大丈夫?、綾波ってば!」
ふと我に返るレイ、
気がつくとシンジが左手でレイの右肩をつかんで左右に揺すっている。
「だ、大丈夫、碇君、…ちょっと……考え事をしてただけ……だから」
「そう、よかった。綾波ってば、正面向いたきり動かなくなってしまうんだもん」
にっこり微笑むシンジ。その表情を見てレイは頬を赤く染め、そしてうつむいてしまう。
レイは心が乱れていることをシンジに悟られないように、努めて平静をよそおってシンジ
の質問に答える。
「……わたしには、あの人の考えていることは分からないわ……」
「…………そうだよね……、アスカと綾波は全然違うし、分からなくて当然だよね………、
…………ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「……別にかまわないわ」
シンジはレイに答えてもらったことでいくぶん気が楽になったようで、会話をやめ正面に
向き直った。
しかし、今度はレイの方がシンジに話しかけようと努力する番になった。
(……………聞かないと
なぜ碇君が二号機パイロットとキスしたのか聞かないと……
碇君はあの人が好きなのかどうか聞かないと……………
…………でも、こんなことを聞いてどうなるというの?………
………もし碇君があの人のことを好きだったら………私はどうすればいいの?……
私は…………………………………………
……………でも、聞かないと何も分からないわ……)
心の中でつぶやき続けるレイ。
そして意を決し、顔を上げ、シンジの方に顔を向ける。
「あの……、碇…君?」
「…何、綾波」
レイの方を向くシンジ。
「…………なぜ…、碇君は……あの人と………キス……したの?」
まさにリンゴと呼ぶにふさわしいほど顔を真っ赤に染め、たずねるレイ。
シンジもそれに合わせるように、顔が真っ赤になってしまう。
「いや……、その……、アスカが僕にキスしないかって誘って……、それで僕も誘われた
のを断るのも悪いと思って……、…それで…………キスしたんだ……」
「……そう……なの」
レイがこころもち安心したようにつぶやく。しかし、まだ聞きたいこと全てを聞いたわけ
ではない。レイは膝にのせている両手をグッと握りしめ、シンジにたずねる。
「碇君は、あの人のことが……、その………好き…………な……の?」
最後は消え入りそうな声になってしまったが、それでもシンジに自分の疑問をぶつける。
「……ええと…、その…、なんて言えばいいのかな…、…好きとか嫌いとかじゃなくて……、
………アスカは僕にとって恋愛の対象というよりも、………なんていうか、その……
……お姉さん………みたいな気がするんだ、それで……………って綾波大丈夫?」
その時レイは意識が遥か彼方に吹っ飛び、頭の中が一面お花畑状態になっていた。
(……碇君は……あの人が好きだから…、キスしたわけではないのね…………………
何……この気持ち………
私……ホッとしてるの?……
なぜ…こんなに…心が……安らぐの……、……なぜ…なの?……)
「綾波、綾波、綾波、綾波、綾波!」
動こうとしないレイを見て、本気で心配になったシンジがレイの正面に立ち、その両肩を
つかんで前後に揺すった。
ふと正気に戻ったレイは、シンジが泣きそうな顔で自分を揺すっているのに気づいた。
「どうしたの?…碇君」
「どうしたのって、綾波大丈夫?」
「ええ、なにも問題はないわ」
「そ、そう……な…の?」
レイのあまりの変わりように驚いたシンジだったが、そのことは口に出さずに元の自分の
座っていた場所に戻って腰を下ろした。
それっきり会話が途切れる2人。そうこうしているうちに、もうすぐ2人の降りる駅の近
くにリニアがさしかかった。
「さっきはほんとにゴメンね」
突然あやまりだすシンジ。レイはよく意味が分からずにシンジの方に顔を向けた。
「なんのこと?」
「いや、だってさ、女の子に向かって“キスしたことある?”なんて聞いたりして……、
…ほんとにゴメン……」
「……別に……かまわないわ……」
シンジはレイが気にしていない様子を見てホッとした。レイもなぜか心が満たされている
今の状態に満足していた。
「もうすぐ着くね」
「そうね、降りましょ」
そう言ってレイは立ち上がった。その瞬間、
『キキィー!!!!!!!』
リニアが急停車した。
「キャッ!!」
レイはバランスを崩し、前のめりに倒れ込む。
「危ない、綾波!!!」
とっさにレイをつかむシンジ。しかしシンジの力ではレイを止めることはできず、車内の
床に一緒に投げ出されてしまう。シンジはレイの身体を自分の身体で包み込むように抱き
しめる。そのまま床を転がる2人。
車内にアナウンスが流れる。
“ただいまトラブルがあり、やむなく急停車いたしました。乗客のみなさま方にはご迷惑
をおかけしました。繰り返します。ただいまトラブルが……………………………………”
「……ん…、………!!」
気がつくシンジ。すると目の前にはなぜか目を閉じたレイの顔があった。
(これって……、…もしかして……綾波と………、……キス…………してるの!?)
呆然とするシンジ。しかしレイはいつまでたっても離れようとしない。
――――――――――――――――――――――――――――――
レイは、バランスを崩して前に倒れそうになった瞬間、シンジに腕をつかまれるのを感じ
た。しかしそれでも支えきれなかったらしく、レイとシンジは一緒に床を転がった。転が
りながら、レイは自分の身体がシンジの身体に包まれているのを感じた。
(……何、この感じ……、とても安心する……、……初めてなのに…、…嫌じゃ…ない…)
ふと気がつくと、レイは仰向けになったシンジの上に抱かれる格好になっていた。
(碇君……、…私を…守って…くれたのね……、
………なぜ…私のような存在を守ってくれるの……?、……碇君……なぜ………)
シンジは気を失っていたが表情はとても穏やかだった。レイはシンジの顔を眺めているう
ちに、その半ば開きかかっている唇を見ていた。
(碇君の唇……
あの人とキスした唇………好きじゃない……
……でも……
……消えゆく存在でしかない…この私を……
………私のことを………碇君は…
……守ってくれた………
………………………これからは……私が………あなたを……守る…番………)
そしてレイは瞳を閉じ、………シンジの唇にそっと自分の唇を重ねた。
――――――――――――――――――――――――――――――
(綾波の唇……、…暖かくて、柔らかい……、……なんか、いい気持ち……だな……)
最初はとまどっていたシンジだったが、この状態がとても心地よいものに感じてきた。そ
してシンジもゆっくりと瞳を閉じた。
2人にとっては永遠にも感じるほどの長い時間(実際は1分足らず)が過ぎた。そしてど
ちらかともなく唇を離す。抱き合ったまま見つめ合う2人。
「碇君…」
「…なに…、綾波」
「碇君は…私が守るから」
「えっ……、守るっていったって……綾波は女の子……だし……」
シンジの返事に答えることなくレイは立ち上がり。
そして、夕日に映えた空を見つめる。
(……私は消えゆく存在……
…でもこの命がある限り
……私は……碇君を守り続ける………)
《完》
Mail to Mr,Safety
gakuyo@bios.tohoku.ac.jp
■SS INDEX■
■TOP INDEX■