天空のジオフ

     ロ

The Floating   ン

GEOFRONT  ト

 


Written by 緋 阿風樹


Act-01 第壱日目 The First Day

 

Scene-01 海賊艇ネルフ号

深夜。

見張りから連絡が入る。

目標発見。

直ちに警報が響く船内。

総乗組員、あわただしく準備に入る。

船首タラップに一つの影が現れる。

手すり越しに、眼下を見下ろす。

「うふふふふ・・・・・」

確かに、それらしい船影を認める。

「作戦開始。所持者保護を最優先!」

声高らかに宣言。

「フラップター用意。零号機から弐号機まで、船尾射出口へ!」

計四名、三機のフラップターに分乗して船尾より出撃。

かすかな羽音を夜空に響かせ、滑るように宙を舞う。

 

Scene-02 遊覧艇オーバー・ザ・レインボー

三〇三號室。

眼鏡の男が入ってくる。

割と広い客室の中には今、二人しかいない。

もう一人は、無表情に外の景色を眺めている。

誰にともなくつぶやく。

おそらく、独り言。

「空。どこまでも続くもの。私はここにいる。なぜ?」

男が近づく。

手には軽食を載せた皿が一枚。

「レイ」

呼びかけて差し出すが、座ったまま。

見向きもしない。

皿を持ったまま振り返り、自分の椅子へ戻る。

「雲。いくつも浮かぶもの。なのに私は独り。なぜ?」

窓の向こう。

雲間に影がいくつか、ちらつくのを見る。

相変わらず無表情で。

「影。光とともにあるもの。私を照らすのは、だれ?」

 

Scene-03 計画、発動

同船付近。

雲に乗じて、目標に接近。

ぎりぎりまで潜行。

その後二派に別れて襲撃。

一機は操縦席を襲い、残りは上部の監視用ハッチを襲う。

合流して、一気にハッチから遊覧艇に侵入。

とにかく船内を混乱させる。

それに乗じて目標に接触。

以上が、本作戦の内容。

これがまんまと成功。

船員の抵抗むなしく、船内への侵入を許してしまう。

手持ちのハンドバズーカを打ち鳴らし、ロビーに。

マスタードボムが炸裂。

船内は揺れ、男女の悲鳴が木霊する。

黒服の男たち、事前に危機を察知し、客室へ戻る。

 

Scene-04 夜空の中心で哀を叫ぶもの

黒服たちは男に簡潔に報告し、再びロビーへ。

海賊の接近を告げるかのように、騒動は一段と過激化。

間違いなく、こちらに向かっている。

男はアタッシェに仕込んだ通信端末を操作。連絡を図る。

拳銃の音。殴りあいの鈍い音。破裂音。

室外は混乱の極み。

自分への注意がそれたことを認識するレイ。

転がっている酒瓶を衝動的につかむ。

男にそろりと接近。

通信に夢中で気づかない。

一歩。近くで炸裂音が響き渡る。

二歩。拳銃の音が全て止む。

瓶を振りかぶり、目標の頭上へ叩きつける。

声も上がらない。

足元に倒れ込む。

沈黙の室内。

室外では侵入者たちの話し声。

「間違いないわ、ここよ。とっとと開けなさい!」

扉の外で、何かを叩きつける音。

ちなみに体当たりで、扉を叩き壊している。

一瞬ためらうも、決心して窓枠につかまる。

隣の部屋へと脱出するため。

遅れて、扉が砕け散る。

たたらを踏んで踊り込む侵入者。

意外にも室内は無人。

ただし男が一人、倒れている。

おかしい。

情報によればもう一人、女の子がいるはず。

持ち主その人はどうでもよいが、ここにいないのはどうしてか。

廊下に出られるはずはない。

部屋に隠れた形跡も、ない。

ふと、頬に風を感じる。

窓が開けっ放し。

カーテンがばたばたとはためいている。

もう一人の居場所を推理。

最悪の推論が導かれる。

「まさか・・・」

予想外の展開に戸惑う三人を置き去りに、独り窓にかじりつく。

推理の正しさを実証し、慌てる。

「危ないわよ!戻ってらっしゃい!」

声を無視して隣室を目指す。

高度は約千メートル。

支えるのは銅の窓枠のみ。

風が吹き、足元もおぼつかない。

三人を隣室へ急がせる一方、慌てて説得を続けるミサト。

「それ以上動くと危ないわ!落ちたらどうするの!」

レイの動きは止まらない。この状況にもかかわらず、なぜか焦りの色さえない。

「あれは・・・」

思わず視線が吸い寄せられる。

興奮の中で見た物。

少女の胸元。

ペンダントの先に下がる宝珠。

今宵の目標。

血の色のように赤い石。

それは、見る者を魅了して止まない。

持ち主の瞳と、調和の取れた美しさを醸し出す。

神秘的な光景に、しばし見とれる。

ところが、一つの絶叫がそれを破る。

ついに少女が、我と我が身を支えかねた瞬間。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」

あまりに大きな失態。

手元にまで来ながら失うとは。

「しまった!光球が・・・・・」

 

Scene-05 同刻、食堂 Horaki

鉱山の町として栄えた第三新東京市。

斜陽の今も、眠らない町として機能する。

特にこの食堂はそう。

今夜も慌ただしく、あの常連客が訪れる。

少年が一人。

大きな弁当箱を差し出し、店の娘と話を始める。

「洞木さん、肉団子二つ入れてくれない?」

「あら、シンジ君こんばんわ。珍しいじゃない、残業?」

「うん、今日は久しぶりに忙しいんだ」

大人のするような内容だけに、話し手の子どもらしさがより際立つ。

「はい、どうぞ。今日も多めに入れたから」

「ありがとう、洞木さん。じゃぁ僕、急ぐから」

「どういたしまして。あ、アスカちゃんによろしくね」

「うん」

大急ぎで仕事場へ舞い戻る。

 

Scene-06 帰路にて

何気なく空を見上げる。

少し雲がかかっているが、満天の星の海。

無意識のうちに、眼前の空を見渡す。

自分だけの秘密。

今は亡き、父の星と母の星。

いつものように星を確認し、ほっと一息つく。

だが今日はそれだけではない。

母の星がちらついて見える。

まさか、流れ星?

母さんの星がなくなっちゃうなんて。

よく見ると、上空から、何か光るものが降りてくる。

しかもその先は、自分の仕事場。

思わず駆け出す。

 

Scene-07 天使、降臨

とある鉱山。

もちろん今でも操業しており、シンジはここで働く。

病で母を、事故で父を失った彼を引き取ってくれた人物の下。

親方。

親しみと敬意とを込め、そう彼を呼ぶ。

親方の鉱山の手伝いを始めて、もう三年になる。

先ほどの光は確実に、ここに向かって降りている。

仕事場へ向かうシンジが見るのは、竪坑へと降りて行く赤い光。

坑の縁なら、受け止められるだろう。

そう結論づけて、坑の縁へと急ぐ。

何とか間に合い、両手をそうっと差し出す。

まるで触れれば壊れそうな、そんな気がする。

両手に収まる。

光に包まれて、女の子が横たわっている。

どうした訳か、光に遮られて直接触れることができない。

しかも、相応の重みを全く感じない。

それに気づかず、ただ幻想的な美しさに見とれる。

赤い光に包まれた全身。

おそらくシンジと同年代。

この辺りでは見ない造作の顔。

蒼い髪に、白い肌。

紅い目が印象的な女の子。

まるで物語の中の天使のよう。

ずっと見ていられたら。

そう思いさえする。

ところが、事態は急変する。

両手で抱きかかえる格好になるや、光がどんどんと失われる。

元の暗さに戻るなり、そっと腕の中に納まる。

そして、女の子本来の重さが急激に蘇る。

いくら鉱山の手伝いで鍛えていても、同等の体格を支えるのは容易ではない。

思わずうめき声。

「くっ・・・・・」

何とか支えきり、安全な地面に少女を横たえる。

「ふぅ・・・・・」

死んでいるかのように初めは思えたが、かすかに胸が上下するのが分かる。

気を失っているらしい。

「・・・・・・・」

すっかり女の子に魅入っている。無理もない。

そんな静けさを打ち破る大音声。

「シンジィ!そこで何してるんだ!メシはどうした!」

決して怒っているわけではないようだ。

それでも、坑の中で声を出すのから嫌でも響く。

どちらにしても、彼には同じこと。

突然の大声に驚いて、何を言うべきか考えもつかない。

「お・親方ぁ」

とにかく報告しなければ。そう思って言葉を紡ぐ。

信用してもらえるか内心疑問だったが、他に言いようがない。

「そ・空から女の子が・・・・」

開き直りの一言だが、最後まで言えない。

ちょうど坑の中で、昇降機が蒸気を吹き上げたから。

親方には全く聞こえていない。

正確には、それどころではない。

このところ、昇降機の調子がどうも悪い。

今まで何十年、だましだまし使ってきたが、そろそろ寿命か。

そうは言っても今動かなければ、下で作業中の者が戻れなくなる。

「くそっ、ボロエンジンめ」

思わず悪態が、口を衝いて出る。

一方、シンジも夢中。

「親方ぁ、空から女の子・・・・」

もっとも、同じ結果だが。

もう一度、と思ったその時。

「弐番のバルブを、締めろぉ!」

こうなっては仕方ない。取りあえず女の子の安全を確認して、親方と合流する。

大きなスパナでバルブを締めると、取りあえず蒸気は収まる。

「あちちち。シンジ、レンチ寄越せ」

「はい」

親方は、まだ機械と格闘中。

唐突に、鐘が鳴る。

下の連中が戻ってくる時間を示す。

「手が離せねぇ。シンジやれ」

「え?」

昇降機を触らせてくれることだけはなかった。

今までは整備だけ。

一度動かしてみたかった。

その機会が偶然巡る。

「落ち着いてやれば、できる」

「はい!」

嬉しそうに返事し、レバーに取りつく。

見よう見まねで、レバーを回す。

地の底から大きな音が近づいてくる。

親方はそれを聞き、危険を察知。

速すぎる。

「ブレーキ!」

はっとレバーを戻すシンジ。

このタイミングの難しさが、そもそもの原因。

上手くいって当たり前。

一歩間違えれば大惨事。

ならばその責任を、この子に負わせたくはない。

実は親方なりの優しさの現れ。

昇降機の扉が開き、数人の男が出てくる。

「どうだい」

「だめでさぁ。金どころか錫さえねぇ」

「掘るだけ無駄か・・・」

「東のほうへ掘ったほうがいいんじゃないか?」

「あっちは昔の坑だらけだよ」

「やり直すしかねぇですね」

「ああ。上がってくれ」

残念そうに、そうつぶやく。

奥へと消える男たち。

もし本当に何も出てこないなら、みんなの仕事がなくなる。

誰もが、それを知っている。

だから、何も言えない。

「ボイラーの火を落とせ。残業は無しだ」

「え・・」

「まったく、この不景気じゃ干上がっちまう」

作業の終了を言い渡し、先に帰って行く。

結局大事なことを言い出せないまま、仕事場の片づけを始める。

今夜の残業手当に期待していたのに。

あの部品をまかなう費用にしたかったな。

そう思いながらも、独り黙々と片づける。

 

Scene-08 夜空

夜空をはばたく一機のフラップター。

先ほどの海賊の一人が駆る。

何かを探している様子。

やがて諦めるかのように、ネルフ号へと帰還。

「駄目ですミサトさん。真っ暗で、目視不能です」

「日向君、ちゃんと探したんでしょうね!」

「もちろんですとも」

「仕方ない。明るくなってから出直しね」

 

Act-02 第弐日目 The Second Day

 

Scene-01 朝、第三新東京市

町の朝は早い。

地下での仕事ゆえ本来、昼も夜もない。

ある谷間の一軒家。

かつては親子が暮らした場所。

現在は独りしかいない。

日が射し込み、霧もまだ晴れやらぬ今、寝床から這い出す者がそれ。

「うーん」

伸びをして凝りをほぐす。

寝る前のことを思い出す。

つい数時間前、女の子を背負って家まで歩いて帰っている。

その子をベッドに寝かせて、自分は床に毛布を敷いて眠った。

体中が強張って仕方ない。

が、不快ではない。

昨日の出来事が夢でない証拠だから。

寝台を覗き込む。

昨日と同じ、安らかな寝顔が見える。

安心して、朝の用意に取りかかる。

やかんを火にかけ、湯を沸かす。

その間に、同居人を起こしにいく。

隣の部屋に小屋があり、そこでまだ眠っている。

かつて父が旅先から持ち帰ってきた一羽のペンギン。

その相手をするのが、日課の一つ。

部屋の中でよちよちと、朝の散歩。

それを横目に、自分は愛用のチェロを弾く。

我流の上、他人に聞かせたことがないので、自分の腕前を知らない。

実はかなり上手い。

軽やかな調べが辺りに響く。

 

Scene-02 見知らぬ、天井

落ちて行く。

真っ暗な闇の中を。

ただ、まっ逆さまに落ちて行く。

どこまでも。

何も見えない。

何も聞こえない。

これは夢なの、それとも現実なの?

あれからどれだけ経ったの?

私は生きているの、それとも死んでしまったの?

相変わらず、何も見えない。

何も聞こえない。

いや、何か聞こえてくる・・・。

「ん・・・・」

自分の声が漏れる。

聞こえる?

私は生きている?

閉じられた瞼が少しずつ開く。

よかった、やっぱり生きてる。

まずはそれを確認して安心する。

嫌な夢見ちゃったな。

あ・あれ?

ここは・・・どこ・・・?

飛行船の中ではない。

知らない部屋。

知らない天井。

うまく口が動かない。

まだショックから完全には立ち直っていない。

清潔そうなシーツ。こざっぱりした調度。

持ち主の性格をあらわすかのように。

かたかたかた・・・。

やかんが鳴り出す。

さっきまで誰かいた・・・?

何か楽器の音がする。

そう言えば、さっき何か聞こえていた。

隣の部屋から聞こえる。

どんな人だろう。

自然と身構え、警戒する。

さっきの人たちの仲間だったらどうしよう。

でも、私を助けてくれた。

とにかくお礼を言わないと。

ドアノブに手をかける。

がちゃ。

 

Scene-03 隣室での邂逅

「!!」

驚くのも無理はない。

人に会うつもりが、いきなりペンギンと鉢合わせしたのだから。

しかもペンギンなど見たこともない。

な・なに?

チェロの音色が止まる。

部屋の奥、窓の側に誰かが座っている。

楽器の音は、この人の・・・。

「ごめん、起こしちゃったね」

申し訳なさそうに謝る相手。

顔だけ見ると、女の子にも見える。

身なりは、男の子のそれだが。

この人が・・・・。

「おはよう、気分はどう?」

まだうまく言葉が出ない。

「・・・・」

顔色から大丈夫と判断したのか。

相手が話しだす。

「僕はシンジ。碇シンジ。この小屋で一人暮らしをしてるんだ」

いかり・・・しんじ・・・・。

「ほらペンペン、戻っておいで」

ぺんぺん・・・?

ああ、この子のことね。

「こいつは温泉ペンギンのペンペン。もう一人の同居人なんだ」

言葉が分かるのか、男の子の方へ戻って行くペンギン。

自分で小屋の扉を開け、中へと入って行く。

器用ね。

思わず笑みがこぼれる。

その笑顔に、相手もまた嬉しそうになる。

「安心した。どうやら人間みたいだ」

え・・・?

「さっきまで、ひょっとすると天使じゃないかって心配してたんだ」

天使・・・・私が・・・?

ふと顔を上げると、きれいな微笑みが見える。

私の言葉を待っているのかしら。

何か話さないと・・・。

「わ・私は・・・」

よかった、言葉が出た。

「レイ。綾波・・・レイ。助けてくれて、ありがとう」

ありがとう・・・感謝の言葉・・・。

「綾波・・・。いい名前だね」

「いい名前・・・。分からない」

唐突に、碇君が切り出す。

「驚いちゃったよ。空から降りてくるんだもの」

やはり夢ではなかった・・・・。

でも・・・。

「私、どうして助かったの?」

思わず口を衝いて出る。

「飛行船から落ちたのに」

「覚えてないの・・・?」

軽く首を振る。

「そっか・・・」

別に困った様子はない。

実際、シンジには心当たりがあった。

あの時輝いていた不思議な石。

今もレイの胸元に下がっている。

ふいに好奇心が芽生える。

「ねぇ、それちょっと見せてくれる?」

「これ?」

「うん」

首からはずして手のひらへ。

シンジの目の前に差し出す。

「私の家に、古くから伝わる物なの」

「きれいな石だね」

鮮やかなルビーにも見える。

木の根のような模様で、縁取られている。

まるで血管のように。

「ちょっと」

持っていたチェロを渡す。

自分の首にペンダントをつけようとする。

別に盗って行くつもりでもなさそう。

それにこの石は・・・。

つけ方が分からないみたいなので、手伝う。

シンジの胸元に、ペンダントが収まる。

すると。

いきなり梯子をよじ登り、屋根へと向かう。

何をするつもりかしら・・・。

上から声。

「見ててね」

まさか・・・。

何故そんなことするの・・・?

予想通り、屋根から飛び降りる。

派手な音がして、シンジの姿が消える。

「あっ、碇君!」

慌てて姿を探す。

窓の下。

地面に当たるここは、煉瓦で覆われている。

その真ん中に、大きな穴が開いている。

おそらく地下室まで落ちたのだろう。

大変。

穴に駆け寄り、下を覗く。

やはり、いた。

「い・痛たた」

よかった。大丈夫そう。

でも煉瓦に埋まっていて、抜け出るのに苦労している。

助けなきゃ。

自分も穴へ降りて行く。

飛び出た煉瓦を足がかりに。

そう思いきや。

 

Scene-04 地下での談笑

「い・いかりくん・・・。わっ・・・。きゃぁ!」

足がかりが崩れて落下。

それを見て急いで抜け出るシンジ。

レイの真下へ急ぐ。

どさっ。

レイには問題ない。

と言うことで、シンジは。

下敷きになっている。

「碇君、しっかり」

すっかり自分が悪いと思っている。

シンジを抱き起こして様子を見る。

「う・うん」

意識はあるし、大したことはなさそう。

「だ・大丈夫。それより綾波は?」

「平気。ごめん、痛かった?」

「ううん。僕の頭は親方の拳骨より硬いから」

おどけた顔で返す。

それがおかしくて。

こうやって人と話すのが久しぶりで。

笑いがこぼれる。

「くすくすくす・・」

「あっははははは・・・・」

二人の笑い声が地下室に木霊する。

ひとしきり笑い合うと、すっかり警戒心が失せている。

「あっそうだ。ポットかけっぱなしだった。お腹減ってるだろ?ご飯にしよう」

そう言われて初めて、このところ何も食べていないことに気づく。

「あそこで顔洗えるよ。タオルもあるから」

部屋の隅を指し、そう言い残して上へと駆け戻る。

「ありがとう」

一人、あたりを見回す。

物置らしき地下室。

いろんな物が置いてある。

何かの骨組み。

壁にかかった一枚の写真。

何かしら・・・?

壁に近寄って眺める。

大きな球体が、空に浮いている。

球体の上の方は、何かの建物で覆われている。

ピントがボケている上、雲に邪魔されているが、かろうじてそれだけは分かる。

撮影者のサインがある。

碇・・・ゲ・ン・ド・ウ・・・。

 

Scene-05 誇りと、辛さと

湯気を吹いていたやかんを火からおろす。

まずはカップとティーポットをお湯で蒸らそう。

その間に目玉焼きを作る。

油のはぜる音が心地よい。

お茶の用意もできたし、そろそろ声をかけようか。

それにしてもどうしたのだろう?

「あやなみー」

返事がない。

「綾波、まだ?」

地下室に降りてみると、写真の前でたたずむレイが目に入る。

「それ、父さんが飛行船から撮った写真なんだ」

冒険家の父は、少年の誇り。

「ジオフロント、って言う空に浮かぶ島なんだ」

「空に浮いている島?」

「うん。伝説って言われてたけど、僕の父さんが見たんだ」

傍に合った本を手に取り、レイに示す。

「これは、父さんの書いた想像図」

写真では分からない細部を、想像して描いた図。

いくつも描かれている。

「今はもう誰も住んでいない宮殿に、たくさんの財宝が眠っているんだって」

明るい調子で紹介する。

嬉しそうな様子に、レイも微笑む。

ふと、シンジの表情が硬くなる。

「?」

「でも、誰も信じなかった」

碇君って。

こんなに暗い顔もするんだ・・・。

「父さんは詐欺師扱いされて死んじゃった」

少年の誇り。

と同時に、心の傷でもある。

辛い過去。

思い出させてしまった。

あ・謝らないと・・・。

「でも、僕の父さんは嘘吐きじゃないよ」

急に元の調子に戻る。

「今、本物を作ってるんだ。これでいつかジオフロントを見つけてみせる」

自慢げに骨組みを示す。

どうやら飛行艇を作っているようである。

嬉しそうに夢を語る。

今までは、照れくさいから話すことなどなかったのに。

これを他人に話すのは、初めて。

言い終えるなり、気恥ずかしさに顔が赤らむ。

それを見て思う。

ただのおっちょこちょいじゃ、ないんだ。

この人なら、信頼できる。

今までの境遇が、しばし頭から離れる。

二人にとってこの上なく楽しい時間が過ぎる。

 

Scene-06 海賊、襲来

けたたましいエンジン音が近づく。

シンジはふと、窓の外を見る。

「オートモービルだ。珍しいな」

彼にとっては、エンジンの性能に興味がある。

あんなのを僕の船に積めたらな。

一方、レイは車上の姿に硬直する。

「あの人たち、海賊よ」

「え?」

「飛行船を襲った人たち」

「綾波を狙ってるの?」

途端にシンジの目が真剣になる。

「分からない・・・」

二人とも直感で、危険を悟る。

このままでは危ない。

「早く、こっちへ」

レイの手を握って地下室から出る。

何とか逃げよう。

親方のところへいけば、何とかなる。

そのためには・・・。

 

Scene-07 朝、逃げ出す前に

日向・青葉・マヤの三名。

ミサトの指示により、このあたり一帯を巡回中。

オートモービルを走らせるうち、一軒の小屋を見つける。

まずはここで話を聞こう。

何か知っているかもしれない。

助手席の日向が、家に近づく。

一歩。

二歩。

三歩。

後一歩で扉に手が届く。

その時。

向こうから扉が開く。

驚いて後ずさる。

すんでのところで、ぶつからずに済む。

二人の子どもが走って出てくる。

「おはよう!」

わざとらしく大声で挨拶をするシンジ。

「ああ、ちょっと待ってくれ」

予想通り、呼び止められる。

「何ですか?急いでんだから早くしてください」

「女の子が、この辺りに来なかったかい?」

これまた予想通りの質問。

「昨日きたと思いますよ・・・」

男の目が光る。

やっぱり綾波を探してるんだ。

でも、そうはさせないよ。

「親方のところの怖ーいアスカが」

指で角を作っておどけるシンジ。

「くっ・・。もう、いい」

「じゃ」

黙ってうつむくレイの手を取って、家から離れる。

作戦成功。

レイには自分の服を着せ、男装してもらう。

その上で、自分だけに注意を集めて逃れる計画。

特徴的な髪の色は、帽子で隠している。

とっさの思いつきとしては、上出来。

「やっぱり綾波を狙ってたんだ」

あまりに呆気なく成功したが、喜んでばかりもいられない。

そう、これはすぐにばれるはず。

やり取りの間に家に入り込んでいた青葉。

脱ぎ捨てられていた綾波の服を発見する。

「マコト、女の子の服だ!」

「何だって?化けていたのか!」

また、ミサトさんにどやされる。

痛い頭を抱えて指示を出す。

「マヤちゃん、ミサトさんに知らせて。シゲル、追うぞ!」

「ええ」

「ああ」

オートモービルが離れて行く。

二人して追跡に入る。

既にかなり水をあけられている。

 

Scene-08 朝の第三新東京市

いつもの風景に、そぐわない男たち二人。

家々を回って、聞き込みに励んでいる。

一人が聞き役。

もう一人は、おそらく威圧役。

ただ、相手が悪い。

親方、その人である。

惣流・アレキサンデル・ジークフリート。

一見優男に見えるが、実はかなりの猛者。

男たちの威圧感など、どこ吹く風。

全く動じていない。

「見かけねぇな」

「かわいい子でして、蒼い髪に紅い目をしてるんですよ」

不毛な問答を終わらせるのは、片方にとっては馴染みの声。

「おやかたぁー。おやかたー」

二人連れの子どもが坂の上から駆け寄る。

今までだんまりを決め込んでいた相棒。

それが、二人を指して続ける。

「ちょうどあのくらいの子どもですねん」

思った以上に速度が出ると、足がもつれやすくなる。

ましてやここは、下り坂。

レイが足を取られ、バランスを失う。

途端に帽子が飛び、蒼い髪が露出する。

ケンスケ・トウジの二人がそれに気づく。

しかもその後ろからは、日向と青葉の両名が。

大声を上げて追いかけている。

間違いない。

思わず飛びついて、捕獲を試みようとする。

勢いをつけたまま地を滑って、二人から逃れる。

多少痛いが、仕方ない。

やっと親方に近づく。

レイをかばい、男たちに向き直る。

「海賊なんです。この子が狙われているんです」

親方は、事態のあらましを把握する。

シンジとレイ、二人をかばうように一歩前へ出る。

親方の家から、わめき声がする。

あの声は。

「海賊ですって!?」

やはりアスカ。

この後の展開が、予想できる一言。

「一度見ておいてあげるわ」

予想通り。

どうしてこの状況で、そうなるのか。

出てこようとするが、母親に襟首をつかまれ、家に投げこまれる。

代わりに出てきたのは、その母キョウコ。

親方の背中から、全体の様子を観察する。

「それ以上寄るんじゃねぇ」

睨みを利かせる。

向こうも負けてはいない。

一歩、前へ。

親方と、トウジ。

血の気の多い二人が対峙する。

「渡してもらいまひょ」

「海賊か・・・」

「ミサト一家や」

「帰んな。ここには貧乏人しかいねぇ」

海賊三人対親方。

注意が親方に向いていることを悟るキョウコ。

シンジとレイとを家の中へ。

半ば引きずり込むように押し込む。

「おかみさん・・・」

「この隙に裏からお逃げ」

「僕も戦います」

キョウコを見つめる真剣な目。

いつものシンジからは考えにくい表情。

「相手は武器を持ってるんだよ」

証拠はないが、シンジを試すように諭す。

「でも!」

もう一人の子を見やる。

この子を守りたい。

そんな決意の強さを見て取り、成長ぶりに感心するキョウコ。

大人になったねぇ。

こんな状況なのに、微笑が浮かぶ。

「いい娘じゃないか、守っておやり」

半ばからかうように、半ば真剣に。

そんなキョウコの想いに気づいたのか。

戸惑うレイにもう一度視線を飛ばして。

「はい!」

 

Scene-09 楽しいケンカ

そんな中、扉の外では。

相変わらず睨み合いの続く二人。

ついに痺れを切らせたのか。

「どないしてもどかへんのやな」

「ふん。男なら拳骨で通れ」

「ほぉ。おもろいやないか」

売り言葉に、買い言葉。

実は結構気が合うのではないか。

いずれにせよ、双方とも腕にはかなりの自信がある。

「トウジ、やっちまえ」

相方までもが、煽り出す。

まずは力比べ。

トウジが上半身に力を込める。

「むむむむむむむ・・・・・・。どないやぁ!」

着衣のボタンが弾け飛ぶ。

かなりの筋力。

この時点で既に近所の人はみな、二人を囲んで様子を見守っている。

当然、親方をそそのかすことも忘れてはいない。

アレク、やっちまえ等と言う声もする。

それを聞いたキョウコ、そっと外へ出る。

家を守るかのように、扉の前に立つ。

手にはフライパンを持ち、なぜかうんざりした顔。

トウジに負けじと、親方も力を込める。

「ふん。うぬぬぬぬぬぬぬ・・・・・・。だぁっ!」

こちらも負けてはいない。

着ていたシャツごと、千切れ飛ぶ。

「ふっふふふふふ」

「す・すげぇ」

ケンスケたちが驚くのも、無理もない。

今までトウジ以上の猛者には、会ったこともないのだから。

みんなに見せびらかすかのように辺りを見回す親方。

既に得意満面。

みんなも大はしゃぎ。

そんな中、キョウコは。

「誰がそのシャツを縫うんだい?」

もっともな質問をぶつける。

夫が力で負けるとは、夢にも思っていない。

ただ、この後始末に頭が痛いだけ。

ケンカに強い親方も、妻には弱い。

決まり悪そうに、キョウコの方、つまり後ろを振り返る。

この隙を見逃すトウジではない。

「隙あり!」

後ろから頭を殴りつける。

首から上だけがかくんと落ちる。

普通なら無事では済まないはず。

だが相手が悪い。

そのままくるりと振り返り、にこにこと微笑む。

夢でうなされそうな笑み。

はっきりいって、これは恐い。

「ふっふふふふふ・・・・」

にこにこと微笑んだまま、右手が臨戦体勢に入る。

即座に繰り出す拳。

まともにトウジの腹に入る。

トウジも負けてはいない。

凄絶な笑みを浮かべ、即時に復活する。

やはり似た者同士。

そんな世にも恐ろしい殴り合いは、やがて本格的になる。

娯楽の少ない町のこと。

見ている人たちも、だんだんその気になってくる。

無勢に多勢とばかりに躍りかかる。

既に敵も味方もない。

平和な通りは一転、ケンカ祭りの巷と化す。

大声を張り上げ、むちゃくちゃに手を振りまわす。

その幕を引いたのは、一台のオートモービル。

ミサトとマヤ。二人が乗っている。

「ミサトさん!」

人垣を蹴散らし、輪の中心に突っ込んでくる。

「ミサトさん、あの子はこの奥に」

報告を聞き、呆れた様子のミサト。

「何言ってんの。裏口からとっくに逃げてるわよ」

とにかくここにいても始まらない。

「追うわよ、出して!」

運転席のマヤに指示を出す。

どこから出したのか、片手に手榴弾を持っている。

オートモービルにしがみつく海賊一同。

安全ピンが抜け、宙を舞うのはその一瞬後。

かつん。

走り去った後。

派手な爆音。

あまりの展開に呆然とする町の人々。

そんな中、民家の影から様子をうかがう黒服。

何やらメモを取り、人知れず姿を消す。

 

Scene-10 逃避行

キョウコのお陰で、ひとまずは逃げ延びるシンジたち。

とりあえず隣町を目指すことにする。

警察や軍に頼んで保護してもらうのもよし。なんとかなるだろう。

そう思う。

鉱山の町に欠かせないのが、鉱石を運ぶ手段。

そこで鉄道網だけは、よく発達している。

今しも、小型機関車が空っぽの貨車三両を引いている。

上手い具合に、今日は冬月さんが運転している。

あれに乗せてもらおう。

「おー言おうい」

やった。気づいた。

シンジに答えるかのように、減速する列車。

走りながら貨車に捕まる。

時々こうして乗せてもらうことがある。

だがレイには少し辛い。

手を貸し、二人して貨車に転がり込む。

「どうしたね、シンジ君」

落ち着いた声で尋ねる運転手。

「仕事をサボって、デートかい?」

レイを見てからかう。こんな一面もある。

もっとも今日は、のんびりとつき合っていられない。

「ち・違います。悪漢に追われているんです」

少し赤くなって答えるシンジ。

「ほら、あそこです」

後方を指差す。

さっきのオートモービルが、線路沿いを突っ走る。

よく見ると、さっきよりも大人数で乗っている。

「ミサト一家だそうです」

「海賊かね、そいつは」

面白そうだ。

顔がそう言っている。

「隣町まで乗せていただけませんか。警察に行きます」

「分かった。釜焚きを頼むよ」

「はい」

蒸気機関車なので、石炭で動く。

そのため、釜焚き助手が本来は必要である。

今日はそれがいないため、冬月一人でこなしていたところだった。

 

Scene-11 大追跡

道無き道を突き進むオートモービル。

アルピーヌ・ルノー改。

スポーツカーだった車は、徹底的に改修済み。

ミサト一家には、その道の専門家がついている。

機械に関することなら、何でもお任せと言う存在が。

このオートモービルも、その自信作の一つ。

定員二名のところを六人も乗せ、目下性能の限界に挑んでいる。

目標が列車を利用するのを確認。

そこで目下、沿線を追跡中。

もっとも、いつまでも追えるものではない。

ハンドルを握るマヤが叫ぶ。

「ミサトさん!行き止まりです」

確かに目の前には道路がない。

その代わりに、線路しかない。

こんな時にもミサトは決して諦めない。

道は私が走った後に出来る。

今の心境を言葉に移すと、こんな風になる。

「ハンドル代わって!」

ひったくる様にハンドルをつかむ。

ブレーキレバーには、手もかけていない。

そのまま線路に突進する。

巧みな技で、レールに車輪をはめ込む。

あまりの重みで軌道が砕け散っても無視。

他の五人は、既に悲鳴も上がらない。

気絶していないだけでも大したものである。

ただひたすら前へと突き進む。

異変に気づいたのは、機関士冬月。

ぞくり。

首の後ろに冷たい風が当たる。

ふと後ろを振り返ると、さっきのオートモービルが追いかけてくる。

しかもそのボンネットには。

派手な格好をした女性が一人、仁王立ちしている。

「ほう、やるもんだ」

妙なところで感心する。

途端に列車の速度が落ちる。

追っ手の顔が、より近くに見える。

「蒸気を上げるんだ。追いつかれるよ」

冷静に判断を下す。

更に石炭を投げ込むシンジ。

ふと、あることを思いつく。

そうか、ここは。

今ならまだ、間に合う。

シャベルを握る手を、止める。

レイに振り返る。まだ貨車の中にいる。

「綾波、こっちへ」

運転席を指す。

「釜焚きお願い」

「はい」

シンジとレイ、二人の位置が入れ替わる。

無意識にも呼吸が合うところは、さすがである。

今いた機関車から、貨車を切り離す。

幸い今は上り坂。

先ほど速度が落ちたのも、そのせいである。

これを逆に利用する。

貨車を追っ手にぶつければ、少なくとも足止めにはなる。

そう考えてのこと。

ところが。

連結器のピンが、堅くて抜けない。

重力がそこに集中しているのだから、当たり前。

そこで窮余の一策。

「冬月さん、ブレーキお願いします!」

「ブレーキだって?」

いぶかしむ冬月。

だがシンジを見て、すべてを理解する。

一瞬。

ほんの一瞬、鋼が悲鳴を上げる。

慣性に引かれて緩むピン。

今度は容易に抜き去る。

ここぞとばかりに、貨車を後方へ蹴り出す。

下り坂を駆け下りる貨車。

オートモービルに突き刺さる。

だが向こうも負けてはいない。

「ま・け・る・もんですか!」

気合一閃。

なんと無理矢理押し切ってしまう。

エンジンが更に鳴き出すが、既に気にしていない。

お返しとばかりに、前の機関車に叩き込む。

衝撃で世界が揺れる。

「うわぁ」

信じられない事態。

こうなっては仕方ない。

もう一度貨車に戻って連結部へ。

車輪そのものを止める、ブレーキハンドルがある。

あれを回そう。

だが、向こうはそれに気づく。

男が二人、こちらへやってくる。

貨車に飛び乗り、だんだんと近づく。

あと数歩でシンジに追いつく。

しかし作業に夢中で、気がついていない。

「押して、押して、押しまくるのよ!」

もはや一刻の猶予もならない。

これを見ていたレイ。

碇君が危ない。

何とかしないと。

手元には、さっきまで釜焚きに使っていたシャベルのみ。

あの二人を止めないと。

無我夢中。

シャベルを振りかぶって、投げ飛ばす。

ごわん。

まともに顔面に食らって、無事には済まない。

二人仲良く、貨車の中へ倒れ込む。

ちょうどその時、また鋼の悲鳴が手元から響く。

これでもう貨車は、すぐには動かない。

さっと機関車へ飛び移るシンジ。

「ま・待ちなさーい!」

無論、待たない。

このままどんどん遠ざかろう。

動けなくなった海賊たちを尻目に、ほっと一息。

線路の彼方へ消え去る機関車。

貨車を切り捨てたため、これまで以上に速く走り去る。

本来の相棒から離れた貨車。

今はここにいる。

憎らしげに見つめるミサト。

「グズグズするんじゃないわよ!」

矢継ぎ早に号令を下す。

「早くこいつをどけなさい!」

もちろん、この貨車のことである。

とにかく線路から排除することが先決。

トウジとケンスケ、日向と青葉とがそれに当たる。

確かに、ブレーキレバーを戻せば、走れないことはない。

しかし三両は多すぎる。

二人一組で、とりあえず二両だけでも排除する。

排除といっても、車体を持ち上げ、脇へ転がすだけ。

作業は単純でも、その内容は至ってきつい。

中身は空でも、木と鉄の塊。

二人がかりでも、かなり重い。

しばらくもすると、作業完了。

力自慢のトウジでさえ、肩で息をしている。

言うまでもなく他三人は、へたり込んで身動きもできない。

そんな時。

上空に偵察機を発見。

こう言うことには詳しいケンスケ。

「奴等です。どうしましょうか、ミサトさん」

たかだか石一つに奴等まで出てくるの?

これは、面白いことになってきたわね。

ミサトにとって、これが絶対的な判断基準。

「このまま引き下がれるものですか!」

マヤに、オートモービルの動作確認を命じる。

車体に軽微の損壊を認める。

しかし動作に問題なし。

期待通りの答えが返ってくる。

やっぱり敬服すべきは、技術屋の腕ね。

「総員乗車!何としても追うわよ!」

一方、勝利の凱旋を続ける機関車では。

「はははは、愉快だ。さあ、どんどん走ってくれよ」

実に機嫌がよい。

かたわらで石炭をくべるシンジ。

あることに気づいて手が止まる。

「冬月さん、すみません」

さっきまでの威勢よさが消え、済まなさそうに謝る。

「どうしたね」

「後ろの貨車、駄目にしてしまいました」

「気にすることはない。おかげで楽しめたよ」

確かにこんなに痛快な逃走劇には、そうお目にかかれない。

冬月の態度に安心するシンジ。

レイは、そんなシンジの代わりに石炭をくべようとする。

「綾波、僕がやるよ」

「ううん、やらせて」

互いに相手を気遣って言葉を交わす。

そんな子どもたちの雰囲気を察した大人は、一言。

「どちらでもいい、どんどんくべなさい」

二人に提案する。

赤くなって、思わずうつむく。

それを見て、さらに楽しげな冬月。

 

Scene-12 前門の虎、後門の狼

渓谷沿いの、のどかな風景が続く。

このまま行けば、隣町まで後少し。

「おや」

前方に異変あり。

景色にそぐわない重厚な車両が鎮座する。

こちらに近づいているせいか、だんだん大きく見える。

元々小さなこの機関車が、さらに小さく感じられる。

あれは、こんな鉱山の町でお目にかかるような代物ではないはず。

そう思うのも無理はない。

装甲列車。

五両編成で、全車に回転式の大砲一門を装備。

鋼鉄の装甲と迷彩が施されているのが、命名の由来。

前線でならまだしも、こんな片田舎には、あまりに似合わない。

これを動かせるのは、言うまでもない。

「これは驚いた。軍隊のお出ましか」

感心してばかりもいられない。

ここは単線。その意味するところは実に明白。

貨車はともかく、この機関車まで失うわけには行かない。

とにかくブレーキをかける。

向こうもこちらに気づいた様子。

どんどん減速し、やがて止まる。

向かい合う列車と列車。

沈黙。

先に口火を切ったのは冬月。

「済まないが、この子達を保護してやってくれないか」

シンジたちが線路に降りるのを横目で見ながら。

「海賊たちに追われているらしくてね」

装甲列車のハッチが開く。

出てくるのは黒服が二人。

シンジは軍の車両に、すっかり安心しきっている。

ふと振り返ると、レイが硬直している。

その眼は、恐怖に脅えている。

「綾波・・・」

どうしたの?と声をかけようとする。

「さよなら」

きた道とは反対へと走り出す。

それを見た黒服、慌てて追う。

逃げ切れるわけはない。

黒服はもう、シンジのところまできている。

このままではいけない。

とっさに判断する。

とりあえずこの状況下ではこれしかできないが。

脚を出す。

前しか見ていないのが、災いしたのか。

こんな子どもだましにきれいにかかる。

頭から転倒する二人。

すぐにレイを追いかけるシンジ。

「あやなみー!」

焦りも加わり、怒気を含んで黒服が怒鳴る。

止まれ!止まらんと撃つぞ!

あの男、本気だ。

あの子たちが危ない。

そう判断した冬月。

スチームレバーを倒す。

辺りが白い煙に包まれる。

その頃。

オートモービル上では。

「装甲列車です、ミサトさん」

「構うもんですか!突っ込みなさい」

何とか追いつきかけている。

こんな好機に軍がどうした。

とにかく狙いはただ一つ。

すっかりのめり込んでいるミサトである。

レイの視界に、そのオートモービルが飛び込んでくる。

二度、硬直する。

後ろからはシンジの声が飛ぶ。

「綾波!一体どうしたの!」

その声に我を取り戻す。

何とか碇君だけでも。

力の限り叫ぶ。

「来ちゃ駄目!」

周りを見る。

今きたこの路線は、ただの単線ではない。

各鉱山から鉱石を運ぶため、至る所で支線が伸びている。

ここでも木造の高架が、トンネルの向こうへ続いている。

藁にもすがる思いで走り寄る。

シンジもそれに続く。

さっき綾波を守ると誓ったんだ。

こんなところまで来て逃げちゃいけない。

まだ距離はあるが、もうすぐ追いつく。

そんな時。

 

Scene-13 絶体絶命

轟音が聞こる。

装甲列車がもう一組の追っ手を認知。

威嚇で砲撃を行った音。

それにひるまず、ミサトはランチャーを構える。

目標は前方。

だが装甲列車では、ない。

狙いはポイントレバー。

揺れる車上からの、最高難度の射撃。

それに成功。

ポイントが切り替わる。

オートモービルはそのまま支線へ雪崩れ込む。

これだけのことが後ろで起こって、気づかないわけはない。

シンジはちらりと振り返り、大慌てでさらに足を速める。

ところが前方のレイは、少しも足をゆるめない。

まさか夢中で気づいていない?

だとしたら危ない。

走る。

あと数歩のところまでくる。

エンジン音が、どんどん近づいてくる。

あと三歩。

後方で砲塔が回転しだす。

狙いは、こちら。

あと二歩。

さっきと同じ轟音がする。

と同時に着弾。

狙いはオートモービルだったため、直撃はしていない。

あと一歩。

オートモービルがすぐ後ろにいる。

やっと、追いつく。レイに跳び着き全身でかばう。

その反動で、高架から投げ出される。

入れ替わりにオートモービルが通り過ぎる。

無我夢中。

手がかりを求めるシンジの手に、硬い感触がある。

さっきの高架。

ただでさえ古い木造の上、砲撃を食らって大破。

その一部がだらりと谷底へ垂れ下がる。

今、それにつかまっている。

頭上は、抜けるような青空。

下は、底さえ見えない縦坑が口を開けている。

左手には、レイを抱きかかえている。

そのため右手一本が、二人分の重みを支える。

そう長くは続かない。

だが、一秒が一時間にも感じられる。

派手な軋みが頭上から聞こえる。

オートモービルが、トンネルの手前でフルブレーキをかけた音。

もっとも、今のシンジにはどうでもいいことではあるが。

いち早くオートモービルから降りるミサト。

崖縁に駆け寄り、成り行きを見守る。

他の仲間たちも続く。

「このままでは落ちてしまいます!」

日向だけではない。

ミサト以外の全員が悲鳴を上げる。

そんな中、ミサトは独り、じっと見詰める。

昨日あの高さから落ちたはずなのに、あの子は無事だった。

何かある。

必ずある。

あの石に。

だとしたらどんな力が。

今はそれを知る絶好の機会。

だから。自信ありげに宣言する。

「静かに!よぉく見ていなさい」

もはや指先の感覚がない。

今にも肩が外れそう。

あまりの激痛に声も出ない。

その痛みのおかげで、何とか意識を保っていられる。

目だけ覚めていても、体が動かないと何にもならない。

こんな体勢では、体力が消耗する一方。

つに尽きる瞬間も、近い。

そろそろ限界かな。

ごめん、綾波。

君を守り切れなかった。

痛恨の思いが去来する。

ううん、そんなことない。

そう言うかのように、レイはそっと、シンジを見やる。

交差する視線。

そして最後の時がくる。

悲鳴を上げていた右手が、急に軽くなる。

レイを抱えたままで。

暗い坑が急速に近づいて行く。

「うわぁぁぁぁぁぁ・・・・・」

青葉たちは、この悲劇に直視できないでいる。

ミサトだけは、違った。

さらに目を大きく見開いて、谷底を見る。

とたんにその顔がほころぶ。

神秘の一端に触れる興奮。

声も出ない。

さっきまでは、暗闇だけの谷底。

今はそこに、全ての闇を打ち払うような輝きが見える。

興奮に包まれるミサト。

「み・みんな見て。あれが光球の力よ!」

落ちて行くシンジたち。

レイも、シンジも、まさに気絶する寸前。

奇跡が再び起こる。

レイの胸元の石が突然光り出し、自分たちを包み出す。

あの時の光だ。

「浮いてる・・・」

あれほど強かった落下の速度が、それを境にがくんと緩む。

「やっぱりその石の力なんだね、すごいや!」

大喜びのシンジ。

理解を超える現象に戸惑うレイ。

あの時は気を失っていたからである。

だがどちらも同じ思い。

生きてる・・・。

どちらからともなく、ふと顔を合わせる。

夢ではない。

互いに微笑みかける。

綾波でないと、使えないんだ・・・。

この石の秘密に気づく。

綾波を守るための石なんだ・・・。

ありがとう、綾波・・・。

真下には相変わらず、大きな坑が待っている。

だが今は恐くない。

むしろシンジにとって、絶好の隠れ場所。

レイにはそうではない様子。

真っ暗な坑に恐怖を感じる。

シンジをつかむ手に、力が入る。

そんなレイを察して。

「大丈夫。このまま底まで行こう」

安心させようと、語りかける。

そのまま降下は続く。

どんどん小さくなる赤い灯火。

遥か上方、崖の上では。

ミサトはまだ興奮している。

「すごい!欲しい!」

嬉しそうなミサトに向こう岸から一言。

撃て!

それと同時に、数初の砲門が一斉に火を噴く。

オートモービルは仕方ない。

現時点を以ってこれを廃棄。

とにかく逃げるが勝ち。

「総員退避!」

トンネルに駆け込む。

他に逃げ道があるわけではないが。

「すばらしい!必ず手に入れるわよ!」

大急ぎでトンネルの奥を目指すミサト一家。

外ではまだ砲撃が続く。

それを見下ろすかのように。

偵察機が舞う。

 

Scene-14 坑、探索の果てに

何もない坑。

どこからとも無く続く横穴は、どこへとも無く消えて行く。

そんな一角。

いつもならわずかに陽光が差しこむこの縦穴。

今日は違った。

赤い光が降りて行く。

たん。

坑の底に着地。

すると、どんどんと光は失われる。

「消えてく・・・」

「ああ、待って」

背負っているリュックから、ランタンを取り出す。

これに灯を点すまでは、この光がもっていて欲しい。

何とか間に合う。

赤い輝きが消え、代わりにぼんやりとした灯が点る。

「綾波が降りてきたときも、そうだったよ」

ほんの昨日のことなのに、ずいぶん昔のことのよう。

そんな感慨を込めて、レイに話す。

「見て、入り口があんなに小さい」

上を見上げて、つぶやく。

その口調に、絶望の色はない。

鉱山は、人工の坑の集合体。

必ず入り口があり、出口がある。

よっぽど大規模な落盤でもない限り、どこからかは必ず出られる。

少なくともさっきまでよりは、遥かにまし。

他のことを考える余裕ができたのか。

「酷い目にあってないかしら。親方さんや機関士さんたち」

二人を助けてくれた親方、冬月たちを案じる。

「大丈夫。鉱山の男はそんなにやわじゃないよ」

自分も正直なところ気になるが、綾波を安心させるのが先。

それに、少なくとも親方の心配だけは、するだけ無駄。

「さ、行こう。出口を探さなきゃ」

この方がまだ、建設的である。

シンジはランタンを持ち、先導する。

さりげなく、レイの足元に気を配ることも忘れない。

歩きにくいと言うほどでもない。

だが、そんなに整地されているわけではない。

「この辺りは大昔から鉱山があったんで、坑だらけなんだ」

さすがにシンジも、それらすべてを把握しているわけではない。

せいぜい今働いている鉱山の周辺くらいである。

だが、そこにさえ行ければ安全を確保できる。

少なくとも、外には出られる。

しばらく歩く。

ぐぅ。

場違いなほどのんきに、腹の虫が鳴る。

「ご・ごめん」

顔が赤い。暗くてよく分からないが。

ぐぅ。

また一声。

いくら暗くとも、音だけは容赦無く伝わる。

「ご・ごめんなさい」

同じく。

同じことをやって、同じように謝りあう。

それに気づいて思わず顔を見合わせる。

「はははは」

「くすくすくす」

朝と同じ光景が繰り返される。

でも、こんなに思いっきり笑うのは、ずいぶん久しぶりのように感じる。

「そう言えば、朝ご飯まだだったね」

ひとしきり笑うと、水のせせらぎが聞こえる。

「向こうに川があるみたい。あそこでご飯にしよう」

「ええ」

朝出て行く前に、とりあえず荷物を詰め込んだリュックサック。

ランタンの灯を頼りに中身を出す。

パン一切れと、目玉焼き。

リュックにあるナイフで、半分づつに切って渡す。

「はい、綾波」

「うれしい。お腹ぺこぺこだったの」

「後、リンゴが一個に飴玉が二つ」

「まぁ、碇君のリュックって、魔法のリュックみたい。何でもあるんだもん」

「ふふ・・」

客観的には簡素な、当事者には豪華な食事。

もう一つのおかずは、おしゃべり。

初めはシンジが話し出す。

自分のこと。

親方のこと。

おかみさんのこと。

アスカのこと。

父のこと。

母のこと。

嬉しかったこと。

悲しかったこと。

そして、初めてレイと出会った時のこと。

さっきと同じ現象が起きていたことを、レイは初めて知る。

でも、この石に助けられたことよりも、碇君が助けてくれたことの方が嬉しい。

そして今度はレイが、話し出す。

「第二新旭川市。ずぅっと北の山奥だね」

「ええ。私、父も母も死んじゃって・・・」

うつむき加減になる。

「でも、家と畑を残してくれたので、何とか独りでやっていたの」

あの日の暮らしが脳裏によぎる。

苦しくはなかったが、決して楽でもない。

経済的にもそうだが、なにより独り暮らしと言うのがこたえる。

そんなある日、黒服の男たちが突然現れ、自分を連れ去る。

黒服たちを率いる、色眼鏡の男。

政府から派遣された者とだけ名乗る。

それっきり、名前も明かさない男たち。

シンジと出会うまでの経緯を話す。

「その、黒服たちにさらわれてきたの?」

軽く、肯く。

「さっきの男も、その一人?」

また、肯く。

「何者だろう?軍隊と一緒にいるなんて」

シンジを初め普通の人間にとって、軍隊とはあくまで敬意の対象。

恐いと感じなくもないが、決して脅威ではなかった。

だからこそ、このように軍隊に追われる状況は、理解を超えている。

考えながら、リンゴをかじる。

もちろんこれも、半分づつ。

「ミサト一家も、黒服たちも、その石を狙ってるんだね」

ペンダントに視線を走らせる。

「でも」

レイの顔を見る。

「そんな力があるなんて、私ちっとも知らなかった」

ペンダントをそっと握る。

「ずぅっと昔から家に伝わっていた物で、母が死ぬ時私にくれたの」

その時のことを、思い浮かべながら。

「決して人に渡したり、見せたりしちゃいけないって」

「ふーん」

シンジにとっては石云々よりも、同じ境遇であることに共感を覚える。

「僕ら、二人とも親なしなんだね」

割と明るそうに振る舞う。

「ごめんなさい。私のせいで碇君を酷い目に合わせて」

済まなさそうに謝る。

「ううん」

そんなことない、とシンジ。

「君が空から降りてきた時、ドキドキしたんだ」

目を輝かせる。それだけは暗がりの中でも分かる気がする。

「きっと素敵なことが始まったんだって」

よかった。

碇君は分かってくれている。

そう確信して、微笑む。

「うふふ・・・」

それを見て、つられて笑う。

「はははは・・・・」

暗闇と沈黙の世界も、今日だけはその装いを改めている。

 

Scene-15 明かされる光球の謎

じゃりっ。

靴が砂利を踏む。

楽しい食事の終わりを告げる音。

かたわらのランタンをつかんで前方に差し出す。

目を細めて、意識を集中する。

レイを後ろへやり、誰何する。

「誰?」

人影が近づく。

向こうもこちらに気ついた様子。

どうやら男一人のようだ。

隙のない足取りは、手練の兵士を思わせる。

慎重に、歩を進めてくる。

だが、黒服ではなさそう。

あれ?

どこかで見たような・・・・。

相手の目が、驚きで見開かれる。

「シンジ君じゃないか。どうしたんだい、こんな所で」

やっぱり、そうだ。

「加持さん!」

地獄に仏。

シンジの顔が、喜びに溢れる。

「大丈夫。とってもいい人だよ。加持さーん!」

簡単に紹介し、先の質問に答える。

「道に迷っちゃったんだ」

急に真剣な顔になる加持。

「それはシンジ君が悪い」

「え?」

「デートの前にはちゃんと下見しないと」

おどけた顔になり、レイの方を見る。

冬月といい加持といい、他人をからかうのが好きな人ばかり。

もっとも、シンジたち二人を見れば誰だって、からかいたくもなる。

「そ・それどころじゃないんです」

動揺しつつも、何とか話題を戻そうとする。

デートの話しを否定しないのは、何故だろう?

「僕たち、海賊に追われてるんです」

「へぇ。海賊に」

「軍隊にも追われてるんです」

「軍隊にもねぇ。もてるじゃないか、シンジ君」

さらりと冗談が出る。

以後もからかわれ続け、その度に赤くなる。

何とか説明を終えるのには、もうしばらくかかる。

やっと説明が済んで、同じ場所。

湿っぽく、陰気な雰囲気の坑。

ふわりと紅茶の香りが漂う。

加持の持ってきた道具のおかげである。

「さぁ、お上がり」

ポットからレイのカップに注いであげる。

次にシンジのカップ、最後に自分のに注ぐ。

当のシンジは加持に頼まれ、水を汲んでいる。

「ありがとう」

「どういたしまして」

シンジの知り合いなので安心したせいか。

珍しくレイの方から質問を投げかける。

「加持さん、ずっとここで暮らしているんですか?」

「うん?まさか。普通は上で暮らしているよ」

上とはもちろん、地上を指す。

加持リョウジ。

物知りで、鉱山の誰もが一目おく存在。

普段は鉱山の仕事を手伝って暮らしている。

そのかたわら、スイカ栽培にも精を出す。

副業と言うより、そちらが本業のような熱の入れ様である。

「夕べから急に石たちが騒ぎ出してね」

辺りを見回して、そうつぶやく。

「畑もいいが、こう言う時には下にいたいからね」

水汲みから帰ったシンジが、話に加わる。

「岩が、ざわめくの?」

周りを見回す。

時折、滴のしたたる音が響く以外は、沈黙の世界。

何のざわめきも聞こえない。

半信半疑のシンジとレイ。

やっぱりな。

その様子を見て、一言。

「石たちの声は、小さいからな」

ふぅっ。

ランタンの明かりを吹き消す。

暗黒が支配する。

何も見えない。

目が慣れてきたせいか。

隣の綾波の顔が見える気がする。

それに、薄ぼんやりと、赤い光がちらつく。

・・・・光だって?

「あ。あああ・・・・」

「まぁ・・・・・」

絶句。

自分たちの周りの岩が、赤く光っている。

ここも、あそこも。

強い光では、決してない。

穏やかで、ぼんやりとまたたいている。

蛍のような灯。

無数に現れる。

川底の石も光っている。

流れとともに、揺らめいて見える。

水面にはまた、別の所からの光も届く。

天井の岩盤。

ふと、見上げる。

やはり同じように輝いている。

さながら満天の星の海。

「さっきまでただの岩だったのに・・・」

「きれい・・・」

「もう一つ、見せてあげようか」

何を見せてくれるんだろう。

これだけでも凄いのに。

既にランタンなどなくとも、今まで以上に明るい。

加持が手ごろな大きさの石を拾い、金槌を取り出す。

振りかぶり、まっすぐ打ち下ろす。

ぱきーん。

黒くて、ごつごつした石が二つに割れる。

その断面。

ぼんやりと赤い光が点る。

「あ・・・・」

だが、見る間にその光は失われる。

とうとう、元の石に戻ってしまう。

「消えちゃった・・・」

名残惜しそうな様子。

「この辺りの岩には光球が含まれているのさ」

「コア・・・?」

初めて聞く言葉。

だが、こんな光はどこかで見たことがある。

まるで・・・。

まるで・・・・・・。

当惑するシンジたちをよそに、加持はもう一つ石を拾う。

また、二つにかち割る。

同じように光がこぼれ、同じように消えて行く。

「この通り、空気に触れるとすぐにただの石になってしまうがね」

はっとしてレイの方に向き直るシンジ。

同じことを考えていたのか。

レイは胸ポケットから、ペンダントの先を手繰り寄せる。

周囲よりも強い光が点っている。

「光ってる・・・」

レイやシンジを守っていた時ほどではないが。

それでも強く自己を主張している。

まるで周囲と共鳴しているかのように輝く。

それを見て加持、これまで以上に目を大きく見開く。

「これは驚いた。君、それは光球の結晶だよ。俺も見るのは初めてだ・・・」

わなわなと震える手は、レイのペンダントに伸びて行く。

はっと脅えるレイ。

それまでの加持には無かった、狂暴な光がその瞳に宿っている。

「ど・道理で石が騒ぐわけだ・・・」

完全にこの石の虜になっている。

危ないと感じた、その時。

ペンダントが更に強く光る。

八角形の壁が現れ、加持の接近を拒む。

ぱきん。

触れようとした手は、光の壁に遮られる。

その痛みで正気に戻る加持。

瞳の色が、出会った時の色に戻る。

と同時に、光の壁は消失する。

「だ・大丈夫?綾波・・・」

「私は、何ともない・・・」

加持も、自分が何をしようとしたのか、初めて気づく。

反射的にレイに謝る。

「す・すまない」

「いえ。この石には、強い力があるんです」

「所有者を守る力か・・・」

「はい」

すっかり納得した様子。

このお詫びに話してあげよう。

おそらくこれから大変なことになるだろうから。

乗り越えなくてはならない運命にあるだろうから。

何かの手がかりになるかもしれない。

特にこの娘には。

二人に向き直る加持。

「その昔、アダムと呼ばれる人々だけが」

かつて誰かから聞いた話。

思い出しながら、話す。

「結晶にする技を持っていたと聞いている」

「アダム・・・」

私は、この言葉をたぶん知ってる。

聞いたこと、あるから。

でも、どこで?

漠然と、引っかかりを覚える。

「そう。だがこれはただの結晶ではない」

「え?」

「人の意志が、込められているそうだ」

「人の意志・・・」

「そうだ。それで初めて石は結晶となり、力を持つと聞く」

「力を・・・・。さっきみたいな力・・・」

「それで、大きな島を、空に浮かべたとも聞く・・・」

それまで会話に加われなかったシンジ。

浮かぶ島と聞いては黙っていられない。

「ジオフロントは、本当にあったんだね!?」

レイの手を取り、嬉しそうに続ける。

「綾波、やっぱりあるんだよ」

「あの、その島は今でもあるんでしょうか?」

返事はない。

体を丸めて小刻みに、震えている。

「加持さん・・・・・」

様子がおかしい。

やっと口を開く。

「済まないが、その石をしまってくれないか。俺には強すぎる・・・」

さっきと同じ衝動に駆られる自分を抑えている。

過ちは、二度と繰り返さない。

そう念じながら、話を続けていた。

だんだんと、限界に来ている。

そのせいか、声も弱々しい。

「は・はい」

慌ててポケットにしまう。

さっきまでの強い光が消え、辺りは再び薄暗くなる。

「加地さん・・・」

そっと声をかける。

「ああ。もう大丈夫だ」

起き上がって、ランタンに灯を点す。

周りの赤い灯火が、かき消える。

その代わりに、ランタンの暖かい光が三人を包む。

「ふぅ・・・・」

額の汗をぬぐう。

さっきまで襲っていた感覚が、速やかに霧消する。

石の支配からは、脱したようだ。

「俺の爺さんが言ってたな」

遠い記憶を掘り起こす。

もう安心して話に専念できる。

「石たちが騒ぐのは山の上にジオフロントが来ているからだと」

その時、脳裏に閃くものが。

「そうか、その時空に昇ればジオフロントを見つけられるんだ」

決して望み薄ではない。

可能性が出てきた。

「綾波、父さんは嘘吐きじゃなかったんだ!」

「君・・・綾波さん・・・だっけ?」

「はい」

「その・・・」

「はい」

言いにくそうに切り出す。

「その石には強い力がある。俺は石を相手に暮らしているからよく分かるんだ」

「はい」

まだ、躊躇いが残る。

だが、これも言った方がいいだろう。

何も知らないよりは、ましだ。

「力のある石は人を幸せにもするが、不幸を招くこともよくあるんだ」

「はい・・・・」

後半部分が、レイには気になる。

さっきはその加持さんが、石のせいでおかしくなっている。

もしも碇君が同じ目にあったら・・・。

もしもこのせいで碇君が不幸になったら・・・。

「ましてその石は人の手が作り出した物。それで、気になってね・・・」

「はい・・・・」

「そんなことないよ!」

暗い雰囲気を打ち破るかのように、声高らかに叫ぶ。

「その石は二度も綾波を助けてくれたじゃないか」

そう、あれは綾波だけを助けていた・・・。

が、それは努めて考えないことにする。

「凄いぞ。ジオフロントは本当にあったんだ!」

思わず立ち上がる。

見上げても岩盤しかない。

だがシンジには、その上にジオフロントが見えた。 そんな、気がする。

 

Scene-16 隠れ家

「行っちゃいましたね・・・」

空を見上げてつぶやく。

ここは、とある民家の中。

ミサト一家が所有する、隠れ家の一つ。

トンネルからは抜け出たものの、うかつには動けない。

軍関係者がどこにいるか分からないからだ。

現に上空では、さっきも見かけた偵察機が旋回している。

見つかったわけではないようだが、安心はできない。

「船に帰りましょう、ミサトさん」

みんなの意見とも言える。

無駄と知りながらも、代表として提案する。

「静かすぎる・・・」

そう、あまりに何も起こらない。

ミサトの勘は、この状況をむしろ危険と判断する。

敵が見えないのは、いないからではない。

どこかに隠れているからである。

そんな時に油断すると、相手の思うつぼ。

女海賊の勘が、そう教える。

だから。

「こう言う時は、動かない方がいいわよ」

日向の提案を一蹴し、静観を決め込む。

「ハラ減ったなぁ・・・」

投げやりにこぼすトウジ。

 

Scene-17 地上

あれから加持に案内してもらい、今は外への出口にいる。

黎明。

坑の暗さと外の明るさとが混じる場所。

外の光を背に、そっと手を差し出す。

「大丈夫だ、行こう」

その手を取ろうとして、止める。

振り返り、加持と向かい合う。

「加持さん、いろいろありがとう」

別れを惜しむように、抱きつく。

「気にすることはない。くれぐれも、気をつけてな」

微笑みかけ、肩に手を置く。

体から離し、シンジの方へ向けさせる。

とんと背中を押され、前に進むレイ。

今度はシンジの手を取る。

二人で振り返る。

それを待っていたかのように、穏やかな顔が迎える。

坑の中から手を振っている。

こちらも手を振り、別れを告げる。

今度こそ正面に向き直り、外を目指す。

もはや行くあてはない。

町で警察に頼るわけにいかなくなっている。

まして元の場所に帰るわけにも行かない。

そこで取りあえず、最寄りの出口を案内してもらっている。

それが、ここである。

なだらかな丘陵地帯。

久しぶりの太陽の光。

おもわず深呼吸をしたくなる。

近くの丘に登ってみよう。

手をつないだまま、緩やかな斜面を登る。

「うわー。凄い雲」

上り切って、空を見上げる。

大きな雲。

思わず圧倒される。

「あの雲の峰の向こうに、見たこともない島が浮いてるんだ」

大きく息を吸う。

雲にも届けと言わんばかりに。

「よーし、やるぞ!きっとジオフロントを見つけてやる!」

夢の実現に一歩近づいた。

そんな気がする。

その喜びを大声で表現する。

シンジの決意を感じ、重い口を開く。

「い・いかりくん・・・」

「うん?どうしたの、綾波?」

やはり告げるべきか。

でも、碇君はどう思うだろう。

言おうか言うまいか。

今でも躊躇いがある。

「私まだ、碇君に言ってなかったことがあるの」

やはり話そう。

「私の家に古い秘密の名前があって、この石を受け継ぐ時その名前も継いだの」

続きを待つシンジ。

まだ躊躇いを残すレイ。

「私の継いだ名はレイリア。レイリア・トエル・ウル・アダム」

「アダム・・・」

さっき加持から聞いた名。

ジオフロントを建造した人々の名。

驚愕に目を見開く。

レイには十分予想できる反応。

「そ・それじゃぁ・・・・」

綾波はジオフロントと関係あるの?

そう聞こうとした矢先。

背後から大きな音がする。

戦闘機が一機、この丘に強行着陸する。

ただならぬ気配を感じてレイを引き寄せる。

「軍隊だ!先に行くんだ!」

レイを先に行かせ、自分はその背中を守ろうと後に続く。

丘を駆け下りると、さっきのトンネルに戻れる。

「地下へ逃げろ!」

その目論見は、次の瞬間についえる。

既に下では、歩兵が一部隊、包囲済み。

動くな!

銃剣を突きつけられる。

「何をする!」

レイをかばって、矢面に立つ。

だが、前に気を取られすぎるのはよくない。

後ろの黒服に気がついていない。

すばやい動作で忍び寄り、懐に手を入れる。

次の瞬間にはその手に黒い物が納まっている。

拳銃。

が、殺すなと命じられている。

だから握りで、後頭部を殴る。

ごす。

さすがのシンジもこれにはたまらない。

もんどりうって、倒れ込む。

「碇君!いかりくん!い・か・り・く・ん・・・!」

倒れたシンジに取りすがる。

悲痛な叫びが木霊する。

シンジにはその声が、とても遠くから聞こえるように感じられる。

それをよそに、作戦行動は速やかに行われる。

収容しました。

兵士が報告する。

てこずらせたな。

格上の者らしい、冷静な声がする。

薄れ行く意識の中。

まさに気絶するその瞬間。

シンジの耳は確かにその声を捕らえる。

あ・あの声は。

まさか・・・・・・。

 

Scene-18 土牢

気がつくと、牢の中にいる。

初めは、何がなんだか分かっていない。

意識が戻る。

5W1Hが蘇る。

と、同時にさっきの痛みも戻ってくる。

「い・いたたた・・・・・」

アスカに殴られる時でも、ここまで酷いのは滅多にない。

辺りを見回す。

木製の扉が見える。

「開けて!開けて!」

言われて開いた例はない。

無駄と知りつつ扉を叩く。

体当たりもする。

当然、何も変わらない。

そこではっとあることに気づく。

自分しかいない。

綾波はどこ・・・?

ここはどこ・・・?

この状況を打破する方法を模索する。

特にはない。

軍仕様の地下牢に、そんなのがあったら大変である。

脱出は無理としても、せめてここがどこかを知っておこう。

窓はある。

ただし、自分の身長のずっと上。

足場は、ない。

三尺高いところに首を置くには?

壁をよじ登るしかない。

何とか外を垣間見ることができる。

ここが地下室であることは分かる。

目の前に地面があるから。

ここが軍の施設であることも分かる。

行進のかけ声が聞こえ、今しも革靴の行列が通っているから。

それだけは分かる。

それだけしか分からない。

「あやなみ・・・・」

ごめん、また守り切れなかった・・・。

 

Scene-19 対立

ゼーレ要塞。

難攻不落と、近隣から恐れられる存在。

海と山とに囲まれる天然の要塞。

そこへコンクリートトーチカを初めとする各種兵装が施されている。

その中心。

シンジのいるところからだと、ほぼその真上。

作戦部第一発令所。

ここゼーレの管理を任されている男がいる場所。

「手ぬるい」

キール・ロレンツ将軍。

テーブルにつき、作戦資料を挟んで詰問する。

無表情を装うが、その口調には怒りを隠せない。

今しも相手の男からの報告を受けたばかり。

「あんな小娘、締め上げればすぐ口を割るのではないか?」

文法的には疑問文。

だがその真意はあくまで命令文である。

「制服さんの悪い癖ですな」

しれっと、受け流す。

顔の前に両手を組み、その表情をうかがうことができない。

色眼鏡の奥には、狡猾な光が宿っている。

「事を起こすと、元も子もなくしますよ、閣下」

以前と同じ台詞を言って寄越す。

「ほう、初めから部隊が出動していれば」

さっきの強行作戦のことを指す。

「ミサトごときに出し抜かれずに済んでいる」

あの男の進言どおりに静観したため、計画が大幅に遅れているのだ。

「作戦部が不用意に打った暗号が解読されたのです」

とんでもないことを告げる。

作戦部の手落ちとは、最高責任者であるキールの手落ちでもある。

面と向かって暗に批判され、言葉を失う。

「何だと」

「これは、私の機関の仕事です」

諜報部。

作戦部とは、まさに水と油の存在。

作戦部の最高責任者。

諜報部きっての、新進気鋭のやり手。

この両者が対峙する。

形勢は、キールに不利である。

「閣下は、兵隊を必要な時に動かしてくださればよい」

既に相手を対等としてみていない。

そんな雰囲気を察して。

「ろ・六分儀!私がジオフロント探索の指揮官だ。忘れたのか」

珍しく感情をむき出しに叫ぶ。